彼の名は小松五郎、フリーの防災コンサルタントである。五郎は防災について独自の哲学を持ち、その哲学を求めて一人歩き続ける。
今日の訪問先は、横浜市内のマンション管理組合だ。この築30年以上のマンションでは、住民たちが最近防災について話し合いを始めたが、具体的な対策が立てられないまま迷走しているという相談を受けた。住民たちは「どこから手をつければいいかわからない」と困惑している。
「こういう集まりは、意見がぶつかりやすいからな…」と五郎は心の中で呟きながら、マンションの集会室へと足を運ぶ。入り口をくぐると、すでに数名の住民が集まっている。皆が一様に防災について何か言いたげな表情を浮かべている。
「こんにちは。小松五郎と申します。今日は防災対策のアドバイスに参りました」
住民たちの目が一斉に五郎に向く。五郎は緊張を感じながらも、自身の防災哲学を信じて話し始めた。
「防災対策の最初のステップは、共通の理解を持つことです。地震が起きたとき、火災が発生したとき、どう動くか。それを全員が理解していなければ、混乱を招く可能性があります。ですから、まず避難経路の確認と共有をしましょう」
住民の一人、中年の男性が手を挙げて質問する。「でも、うちのマンション、階段しかないんですよ。エレベーターが止まったら高層階の人たちはどうすればいいんですか?」
「その通りです。階段を使うことになりますが、重要なのは、避難時のルールを決めることです。まず、高層階の方はエレベーターの代わりに非常階段の使い方を確認しておくことが大切です。さらに、マンションの各階に避難経路を示す看板を設置することで、パニックを防げます」
「看板ですか…?」別の住民、若い母親が尋ねた。「でも、そんな簡単なことで本当に助かるんですか?」
五郎は頷く。「はい。シンプルなことほど、災害時には役立ちます。人は非常時に混乱しやすい。だからこそ、視覚的にすぐに理解できる情報が必要です。さらに、避難訓練を行い、実際に避難経路を確認することで、住民全員が安心して行動できるようになります」
住民たちは互いに顔を見合わせ、少しずつ納得した表情に変わっていく。
「もうひとつ、災害用の備蓄品を共用部に設置するのも重要です。水や非常食、簡易トイレなど、万が一のときに使えるものを住民で共有できる場所に置いておくことができます。自分たちの備えが少しでも増えれば、安心感も増します」
「なるほど。それならみんなで協力して集められそうだ」と一人の住民が頷く。
「最後に、マンションの防災委員会を設置して、定期的に話し合いを続けることです。一度話して終わりではなく、継続的に防災について考え、改善点を見つけていくことが大切です」
五郎のアドバイスに、住民たちは少しずつ意見を交わし始めた。最初はバラバラだった意見が次第にまとまり、前向きな防災対策を具体化する話し合いへと変わっていく。
「今日はこれで終了としましょう。何か困ったことがあれば、いつでもご連絡ください」と五郎は深く一礼して集会室を後にした。
「やれやれ、今回は意見の食い違いが少なかったな」と五郎は肩を軽く叩きながら、マンションを後にする。
「さて、次はどこへ向かおうか…」五郎は歩きながら次の依頼先を考えていたが、ふと腹が鳴り響く。
「腹が減ったな…」と、彼は独り言を呟きながら、また一歩防災哲学を広げるために歩みを進めるのだった。