横浜市のオフィス街にある防災コンサルティングを行う株式会社防災小町では、日々さまざまな依頼が舞い込んでくる。今日も、小松みくと彼女の後輩である渡辺さんは、ある会社に派遣されることになった。
「小松先輩、今日の現場は食品加工工場みたいですね」
渡辺さんが、おっとりとした口調で話しかける。彼女ののんびりとした性格は、緊張感のあるこの仕事においても独特のリズムを生み出している。
「そうだね、食品工場は火災や停電への備えが特に重要だし、気を引き締めないとね」
小松さんは、防災コンサルタントとしてのキャリアを生かし、真剣な表情で資料に目を通している。二人は防災対策の専門家として、様々な業界の企業に派遣され、現場の状況を確認しながらアドバイスを行うのが日常だ。
今日はその中でも、特に「残念」な現場と噂される工場へ向かうことになっていた。
現場に到着すると、工場長が二人を迎えた。
「お待ちしておりました。こちらが当社の防災対策資料です」
彼は誇らしげに手渡してきたが、その書類を見た瞬間、小松さんは思わず眉をひそめた。
「これは…昨年の資料ですね。しかも、更新もなく、具体的な行動計画がないようです」
小松さんの鋭い指摘に、工場長は一瞬たじろいだが、すぐに笑ってごまかそうとした。
「ええ、まあ…そんなに大きな災害は起きていませんからね。備えすぎても、コストがかさむので…」
「災害はいつ来るかわかりません。それに、この工場で停電が起きたらどうしますか?非常用電源の設置や、従業員の避難ルートの確認は?」
小松さんの声は少し厳しくなったが、それでも冷静だった。
「うーん、そこまでは…」
そのやり取りを隣で聞いていた渡辺さんが、ゆっくりと口を開く。
「小松先輩の言うとおり、災害が起きたらすぐに対応できる準備がないと、従業員の皆さんも困りますよねぇ。あと、火災警報器とか、点検されてますか?」
渡辺さんの柔らかい口調は、工場長の警戒心を少し和らげたようだ。彼は少し考えて、正直に答えた。
「実は、最後の点検は…3年前ですね」
「それはまずいですね」
小松さんは真剣な眼差しで工場内を見渡す。
「この工場には多くの機械が動いていますし、火災や事故が発生した場合、迅速に対応できるかが命を分けます。非常口の確認と、避難訓練の実施を早急に行うべきです」
工場長は、これまでの対応の甘さを反省したのか、深く頭を下げた。
「すみません。正直、ここまで危機意識を持っていませんでした。早急に対応を見直します」
その後、小松さんと渡辺さんは工場内を歩きながら、具体的なアドバイスを続けた。非常口の標識が隠れている場所や、火災時の避難ルートが不明瞭な箇所がいくつも見つかった。
「渡辺さん、ここの消火器、点検ラベルが10年前のものだよ」
小松さんは消火器を指さしながら言う。渡辺さんも、同じように消火器を見て、困ったように笑った。
「こんな古い消火器、使えるかどうかもわからないですねぇ。これ、もしものときに役に立たなかったら大変ですよ」
「そうだね。すぐに新しいものに交換してもらわないと」
小松さんはメモを取りながら、次々と改善点を挙げていく。
数時間後、二人は工場を後にした。
「小松先輩、工場長さん、ちゃんと改善してくれますかねぇ?」
渡辺さんが、少し心配そうに尋ねる。彼女はおっとりしているが、その分、人のことを気にかける優しい性格だ。
「たぶん大丈夫だよ。今日みたいに、目に見える形で問題点を指摘されれば、さすがに無視はできないはずだ」
小松さんは自信ありげに答えた。
「それに、渡辺さんが上手くフォローしてくれたから、彼も素直に受け入れられたんだと思うよ」
「そう言っていただけると嬉しいです。でも、小松先輩のおかげですよ」
渡辺さんは少し照れくさそうに笑った。
二人が会社に戻ると、新たな依頼が待っていた。
「次の現場は…横浜駅近くのオフィスビルですね。今度はどんな残念な防災対策が待ってるかな?」
小松さんは、少し皮肉を込めて微笑んだ。
「きっとまた色々とありますねぇ。でも、小松先輩がいるから大丈夫です」
渡辺さんの穏やかな声に、小松さんは少しだけ笑顔を返した。
こうして、二人の防災対策の仕事は続いていく。どんな現場であれ、彼女たちがしっかりとした助言を与えることで、少しずつ改善が進んでいくのだろう。