夜が更けた横浜、バー「Serendipity」はいつものように静かな温かさを提供していた。小松さんはカウンターの向こうで、新しいお客さんとの出会いを楽しみにしていた。
その夜、ドアがそっと開き、一人の初老の男性が入ってきた。彼は60代後半くらいで、ゆっくりとした足取りでカウンターに近づき、穏やかな声で話しかけた。
「こんばんは。昔懐かしいカクテルを一杯、お願いできますか?」
「こんばんは。オールドファッションドはいかがでしょうか?クラシックで、深みのある味わいが楽しめます」小松さんは微笑んで提案した。
「それがいいね、お願いします」と彼は答えた。
小松さんがオールドファッションドを作る間、男性は静かにカウンター越しに彼女を見つめていた。カクテルが彼の前に置かれると、彼は一口飲んでから、ゆっくりと話し始めた。
「昔、防災の仕事をしていたことがあってね。若い頃はそれが誇りだったんだが、今は年をとって、体も思うように動かなくなってしまった。最近、もう自分にできることはないんじゃないかと思ってね」
小松さんは彼の言葉に耳を傾けながら、静かに答えた。「防災の経験を持っているというのは、今でもとても貴重なことですよ。知識や経験は、次の世代に伝えていくことができます」
彼は少し驚いたように小松さんを見つめた。「次の世代に伝える…か。確かに、それならまだ自分にもできることがあるかもしれない」
「もちろんです。例えば、地域の防災活動に参加したり、若い人たちに防災の重要性を教えたりすることで、あなたの経験は生かされます。今の時代でも、その経験は決して古びていないと思います」小松さんは温かく言った。
彼は深くうなずいた。「それは考えもしなかった。自分の過去が、今の誰かの役に立つなんて。ありがとう、小松さん」
「いつでもお待ちしています。ここは素敵な偶然が待っている場所ですから」小松さんは優しく微笑んだ。
男性はオールドファッションドを飲み干し、どこか若返ったような表情で立ち上がった。彼は小松さんの言葉を胸に、地域や若い世代に自分の知識を伝える新たな使命感を抱き、夜の街へと戻っていった。
その夜もまた、「Serendipity」で生まれた人と人との温かい交流が、小松さんの心に深い満足感をもたらした。