一杯のカクテルと防災の話　１３

夜も深まる横浜の街。バー「Serendipity」では、小松さんがいつものようにカウンターの後ろで静かにグラスを磨いていた。店内は穏やかな空気に包まれ、音楽が心地よく流れている。

その夜、ドアが開き、30代半ばの女性が一人で入ってきた。彼女は少し疲れた様子だったが、その目には決意の光が宿っていた。カウンターに腰を下ろし、小松さんに微笑んだ。

「こんばんは。何か、ほっとするカクテルをお願いできますか？」

「こんばんは。では、ホットバタードラムはいかがでしょう？バターのコクとラムの温かみが心を落ち着かせてくれますよ」小松さんは優しく提案した。

「それ、いただきます」女性はほっとした表情で答えた。

小松さんがカクテルを作り始めると、女性は静かに話し始めた。「最近、子どもの学校で防災担当になってしまって…。でも、家でもあまりちゃんとした防災対策をしていないから、自信がなくて」

小松さんはカクテルを女性の前に置き、じっと彼女を見つめて答えた。「子どもたちの安全を守る役割は確かにプレッシャーですね。でも、まずは家族と一緒にできる防災から始めるのが大事です」

「家族と一緒に…」女性は小さくつぶやいた。

「例えば、家庭での避難経路の確認や、災害時にどこに集まるかを決めておくこと。それから、防災リュックを準備してみるのもいいですね。お子さんと一緒に準備すると、自然に防災意識が高まるはずです」小松さんは優しくアドバイスをした。

「そうですね。子どもたちにも防災のことを少しずつ教えていけるかもしれない」女性は少し前向きな表情になった。

「家庭で防災に取り組むことができれば、学校での防災にも自信を持てるようになりますよ。大切なのは、無理をせず、一つ一つ丁寧に進めることです」小松さんは穏やかに続けた。

女性はカクテルを一口飲み、「そうだね。無理せず、家族と一緒に始めてみるわ」と力強く答えた。

「いつでもお待ちしています。ここは素敵な偶然が待っている場所ですから」小松さんは温かい笑顔で送り出した。

女性はホットバタードラムの温かさに包まれながら、小松さんのアドバイスを胸に、家庭での防災を家族と共に進める決意を新たにした。

その夜もまた、「Serendipity」で生まれた人と人との温かい交流が、小松さんの心に深い満足感をもたらした。