スナックそなえ　５

横浜市郊外の商店街の一角にある「スナックそなえ」は、毎晩賑わいを見せる場所だ。

外から見ると、どこにでもあるスナックバーのようだが、中に一歩足を踏み入れると、そこには独自の雰囲気が広がっている。

店内の壁には防災に関するポスターや、地震対策のマニュアルが飾られており、一目で小松ママの趣味と知識が感じられる。

その夜、スーツ姿の中年サラリーマン、山田さんがカウンターに腰を下ろした。

彼は常連だが、今日は少し様子が違った。小松ママが気づいて声をかける。

「おや、山田さん。今日はいつもより元気ないじゃないの」

「ええ、ちょっと仕事のことでね…疲れちゃって。ママ、おすすめのお酒をお願い」

「ほいほい、おすすめね。じゃあ今日は、『心の備えカクテル』ってのを作ってあげるわ」

小松ママはそう言うと、シェイカーを手に取り、カウンターの向こうで器用にカクテルを作り始めた。しばらくの間、カウンターの上には氷がカランと音を立てる音だけが響く。

「それにしても、心の備えカクテルって、どんなのなんですか？」

山田さんが半ば興味本位で尋ねると、小松ママはにやりと笑った。

「ふふ、ちょっと待ってなさいな。これが出来たら、お話ししましょう」

そう言って、目の前に鮮やかな色のカクテルを差し出した。

「はい、お待たせ。飲んでみて、気持ちが落ち着くかもしれないわよ」

山田さんは一口飲んで、ほっとした表情を浮かべた。

「おいしい…確かに落ち着きますね。でも、心の備えって、どういう意味ですか？」

「そりゃあね、日々の生活も仕事も、心の余裕が大事なのよ。いざという時、心がパニックになってたら、何もできないでしょ？だからこそ、心を備えることが大事なの」

山田さんはしばらく考えてから頷いた。

「確かに、災害があったときも冷静でいなきゃいけないって言いますしね。でも、いざそういう状況になると、難しそうだな…」

「そうよね。だから普段から、小さなことでもいいの。例えば、家を出るときに避難経路を一度思い浮かべてみるとか。意識するだけで、いざという時にパニックになりにくくなるわ」

小松ママは少し声のトーンを落とし、優しく言葉を続けた。

「心の備えができていれば、たとえ災害が来ても、冷静に行動できるのよ。ほら、仕事でもそうじゃない？突然のトラブルが起きても、焦らずに対応できる人が頼りになるでしょ？」

「確かに…僕もそういう人になりたいです。でも、どうすればいいんだろう」

「まずはね、今この瞬間を楽しむこと。美味しいお酒を飲んで、リラックスする。心に余裕があれば、きっと何が起きても対応できるから」

山田さんは再びカクテルを口に運び、少し微笑んだ。

「ママって、本当にお酒の話から防災の話まで、いろんなこと教えてくれますね」

「当たり前じゃないの。私は小松ママよ！お酒も防災も、どっちも大事な『備え』なのよ」

二人はそのまま、しばらくの間お酒を楽しみながら話を続けた。

山田さんは次第に顔の緊張がほぐれていき、少しずつ元気を取り戻しているようだった。

スナックそなえでの小松ママのアドバイスは、今日もまた横浜の街に少しずつ安心をもたらしている。

彼女の親身な対応が、地域の人々にとっての心強い支えとなっていることを、小松ママ自身はおそらくまだ知らないのかもしれない。