横浜市郊外に佇む小さなカフェ、『Serendipity Coffee』。
柔らかな日差しが窓から差し込み、店内にはほんのりとコーヒーの香りが漂っている。
カフェのオーナーである小松さんは、カウンター越しにドリップコーヒーを丁寧に淹れていた。
20代後半の彼女は、かつて防災コンサルティング会社で働いていた経験を持ち、その知識をこのカフェで相談しながら日々の会話を楽しんでいる。
その日、少し混雑していたカフェに、久しぶりの顔が現れた。
30代の男性、松本さんだ。以前にも防災の相談をしに来たことがあり、今回も何か考え込んでいるようだった。
小松さんがカウンターから顔を上げると、松本さんが軽く手を振った。
「久しぶりです。今日はアイスアメリカーノをお願いします」
「お久しぶりですね、松本さん。アイスアメリカーノですね」
小松さんは微笑みながら、手早く準備を始めた。
「最近、また防災について考えているんです」
松本さんは少し照れくさそうに話を切り出した。
「またお仕事で何かあったんですか?」
「いや、実は友達と話してて、家族の防災について考える機会があって。それで色々とアドバイスをもらったんですが、いざ実行しようとすると何から手をつければいいのか…また悩んでしまって」
彼は困ったように肩をすくめた。
「なるほど。家族で防災について話し合うって、大事なことですよね。でも、どう話し始めればいいか難しいですか?」
「そうなんです。特に、家族が普段あまり防災に興味を持ってないと、どう話題にしていいのか…」
「そういう時は、具体的なシチュエーションを例に出して話すといいですよ」
小松さんは氷の音を立てながらアイスアメリカーノを作り続けた。
「例えば、『もし今ここで地震が起きたらどうする?』とか、『家にいる時に避難しなければならなくなったらどこに行く?』みたいに」
「具体的に想像しやすくするってことですね。それなら確かに話しやすくなりそうです」
「そうです。そういう話をすると、自然とみんなが『それならどうしたらいいんだろう』って考え始めます。それに、避難場所や避難経路を家族で一緒に確認するのも、日常のちょっとしたお出かけ感覚でやると楽しめますよ」
松本さんは驚いたように目を丸くした。
「え、避難経路の確認をそんな感じでやっていいんですか?」
「もちろん。真面目に『これをやらなきゃ』って感じでやると、みんな緊張しちゃいますよね。だから、普段の散歩とか、買い物に行くついでに『あ、ここが避難場所なんだね』って感じで見るのがいいんです」
「なるほど…たしかに、それなら自然に防災を意識できるかもしれない」
松本さんは納得したように頷いた。
「実は、うちの子供がちょっと怖がりで、防災の話をすると不安がることがあって。でも、そんな風に楽に話ができるなら、子供とも気軽に話せそうですね」
「そうなんです。特に子供にとって、いきなり『災害』って言葉を聞くと不安になりがちですから、少しずつ楽しい気持ちで話に入ってもらえるといいですよね。『もし災害が起きたら、どうやってみんなで助け合うか』を一緒に考えると、むしろ安心感が増すこともあります」
「ありがとう、小松さん」
松本さんはアイスアメリカーノを一口飲んで、少し顔を明るくした。
「なんだか、無理せず家族と防災の話ができそうです。これなら妻とも、子供とも自然に話せそうな気がします」
「それが一番です。防災って、特別なことじゃなくて日常の中に少しずつ取り入れていけるものなんです」
小松さんは温かい笑顔で松本さんを見つめた。
「また何かあれば、いつでも気軽に相談してくださいね」
「ありがとう。また来ます」
松本さんは、カフェを出るときも穏やかな笑顔を浮かべていた。
小松さんは次の注文に取り掛かりながら、店内を見渡した。
夕方の光が柔らかく店内を包み込み、また一つ、心温まる防災の話が日常の中で静かに広がっていった。