一杯のコーヒーと防災の話 Season2　１１

横浜市郊外に佇む小さなカフェ、『Serendipity Coffee』。

柔らかな日差しが窓から差し込み、店内にはほんのりとコーヒーの香りが漂っている。

カフェのオーナーである小松さんは、カウンター越しにドリップコーヒーを丁寧に淹れていた。

20代後半の彼女は、かつて防災コンサルティング会社で働いていた経験を持ち、その知識をこのカフェで相談しながら日々の会話を楽しんでいる。

その日、カフェのドアが軽やかに開き、若い男性が入ってきた。20代半ばくらいの彼は、カジュアルな服装で少し緊張した面持ちだったが、カウンターに近づくとふっと笑顔を浮かべた。

「こんにちは。えっと、今日はキャラメルラテをお願いします」

「こんにちは。キャラメルラテですね」

小松さんは注文を受けると、スチームミルクの準備を始めた。

「今日はお休みですか？」

「そうなんです。最近忙しかったので、やっと一日ゆっくりできて。でも、それで逆にいろいろ考えちゃって…」

「そうなんですね。どんなことを考えていたんですか？」

「実は、防災のことなんです」

男性は少し声を落として言った。

「一人暮らしなんですけど、今までちゃんと考えたことがなくて。でも、ニュースとか見てると、やっぱり備えた方がいいんだろうなって思うんです。でも、何から始めればいいのか…」

「一人暮らしだと、確かに自分の身は自分で守らないといけないですもんね」

小松さんは相槌を打ちながら、キャラメルラテを丁寧に仕上げていく。

「まずは、手軽にできるところから始めるのがいいですよ。例えば、避難バッグを用意するところからとか」

「避難バッグですか。やっぱり持っておいた方がいいんですよね。でも、何を入れたらいいのか…あんまり想像がつかなくて」

「簡単に言うと、最低限必要なものをコンパクトにまとめる感じですね。水や非常食、携帯の充電器、懐中電灯、そして常備薬とか」

小松さんはカップにキャラメルラテを注ぎながら、彼の目を見て話した。

「もし自分が外に出られなくなった時に、これがあれば安心っていうものを考えてみるといいかもしれません」

「なるほど…確かにそう言われると少しイメージしやすいかも。あと、地震とか来たらどうすればいいのかなって、ずっと不安だったんです。普段はあまり考えないけど、たまに急に不安になっちゃって」

「それはとても自然なことですよ。特に、一人だとどうしても不安になりますよね」

小松さんは出来上がったキャラメルラテを彼の前に置いた。

「まずは、落ち着くことが大事。地震が起きたら、まず自分の身の安全を確保して、それから周りの状況を確認しましょう。外に出るときは、ガラスや看板など、落ちてくるものに気をつけて」

「やっぱり、外にいる時が怖いんですよね。建物の中ならまだしも、外で地震にあったらどうすれば…」

「その場合も、すぐに建物の中に逃げ込むのが難しければ、何か頑丈なものの陰に身を隠すのが良いです。例えば、ベンチや低い壁など、落下物から身を守れる場所ですね」

小松さんは優しく言葉を添えた。

「そして、避難場所をいくつか頭の中でチェックしておくと、いざという時に役立ちますよ」

「うん、そうですね…ちょっと考えすぎてたかもしれない。小松さんの話を聞いてると、なんだか少しずつできそうな気がしてきました」

彼は少し安心した表情でキャラメルラテを飲んだ。

「避難バッグも作ってみようかな。まずはできることから始めてみます」

「それが一番です。無理に完璧を目指す必要はないので、少しずつで大丈夫です」

小松さんは彼の様子を見ながら微笑んだ。

「そして、何か困ったことがあれば、いつでもここに来て話してくださいね」

「ありがとうございます。今日は来てよかった」

男性は心からの笑顔を浮かべて言った。

「また来ますね。次は、もうちょっと進んだ話ができるようにしておきます」

「お待ちしてます。またお会いできるのを楽しみにしていますね」

男性がカフェを後にすると、小松さんは次の客の準備をしながらふと微笑んだ。

窓の外には、雲の切れ間から青空が顔を覗かせ、店内は暖かなコーヒーの香りに包まれていた。

防災の話が、こうして日常の安心につながっていくカフェ。今日もまた、心温まるひとときが過ぎていった。