横浜市郊外の商店街の一角にある「スナックそなえ」は、毎晩賑わいを見せる場所だ。
外から見ると、どこにでもあるスナックバーのようだが、中に一歩足を踏み入れると、そこには独自の雰囲気が広がっている。
店内の壁には防災に関するポスターや、地震対策のマニュアルが飾られており、一目で小松ママの趣味と知識が感じられる。
その夜、常連の田中さんがカウンターに座っていた。
彼は週に一度は顔を見せる中年のサラリーマンで、いつも頼むのは決まって焼酎のお湯割りだ。
小松ママは田中さんが入ってきたのを見て、にっこりと微笑んだ。
「いらっしゃい、田中さん。今日も焼酎のお湯割りでいいのね?」
「うん、ママ。それで頼むよ。今日はちょっと寒いしね」
小松ママは手際よく焼酎をグラスに注ぎ、お湯を加えて差し出した。
「はい、お待ちどうさま。暖まるわよ」
田中さんはグラスを手に取り、ゆっくりと一口飲んだ。
温かいお湯割りが喉を通るたびに、少しずつ体がほぐれていくのが感じられた。
「やっぱりママの作るお湯割りはうまいなあ」
「そりゃどうも。焼酎のお湯割りは、温度が大事なのよ。お湯の温かさで香りが引き立つからね」
田中さんはふと真剣な顔になって、グラスを置いた。
「実はさ、最近家の防災について少し考え始めたんだ。ママの影響かもな」
「おや、それは良い心がけね。でも、考えるだけじゃダメよ。ちゃんと行動に移してる?」
「いや、それがまだ…。どこから手をつけたらいいのかわからなくてさ」
小松ママは少し顔をしかめて、田中さんに向き直った。
「それじゃあ、まずは基本の『水』よ。非常用の飲み水、ちゃんと確保してる?」
「うーん、ペットボトルがいくつかあるけど、それだけじゃ足りないのかな?」
「足りないわね。1人につき1日3リットルが目安だから、3日分は最低限必要よ。それに、水だけじゃなくて、ガスや電気が止まったときのために、湯を沸かせるカセットコンロも備えておいた方がいいわよ」
「そっか…そんなにたくさん準備しなきゃいけないんだな」
「そうよ、田中さん。焼酎のお湯割りが好きなら、お湯を確保できるようにしとかなきゃダメでしょ?」
田中さんは思わず笑い出した。
「確かに。非常時にママのところに駆け込むわけにもいかないしな」
「そうよ。うちはいつでも歓迎だけど、非常時には自分で準備しておくことが一番大事なのよ。あと、ソーダ割が好きな人なら、炭酸もストックしておくと良いわよ。飲み慣れたものが手元にあると、落ち着けるからね」
「なるほど、確かに普段飲んでるものがあれば安心するかも。じゃあ、ソーダも買い足しておくかな」
「そうそう。それでこそ、備えあれば憂いなしってやつよ」
小松ママは笑顔でそう言うと、手に持ったグラスを掲げた
「じゃあ、今日は防災の話もできたし、一杯やりましょうか。乾杯!」
「乾杯!」
田中さんと小松ママはグラスを合わせた。焼酎のお湯割りの温かさが、二人の間の会話をさらに和やかにした。
スナックそなえでの小松ママのアドバイスは、今日もまた横浜の街に少しずつ安心をもたらしている。
彼女の親身な対応が、地域の人々にとっての心強い支えとなっていることを、小松ママ自身はおそらくまだ知らないのかもしれない。