一杯のカクテルと防災の話　１８

深夜の横浜、バー「Serendipity」は静かな通りに温かい灯りをともしていた。

小松さんはカウンターの後ろで、新しいグラスを磨きながら、訪れるお客さんたちとの会話を楽しみにしていた。

その夜、ドアが開き、30代前半の男性が入ってきた。

彼はラフなジャケットを羽織り、少し疲れた様子でカウンターに腰を下ろした。

しばらく小松さんと目を合わせて、軽く微笑んだ。

「こんばんは」

「こんばんは。何か飲みたいもののイメージはありますか？」

「うーん…今日は何か、スッキリするけど、ちょっと甘めのカクテルがいいな」

「では、シーブリーズはいかがでしょう。クランベリーとグレープフルーツの爽やかな甘酸っぱさが、きっとお疲れを癒してくれると思います」

「それをお願いします」

小松さんがカクテルを作り始めると、男性はふと遠くを見るような目をしていた。

彼はしばらく沈黙していたが、やがて口を開いた。

「最近、会社で防災チームに入ることになったんです。正直、何をすればいいのか、全然わからなくて」

「防災チームですか。頼られているんですね」

「そうだといいんですけど…。でも、実際は不安の方が大きいです。チームメンバーも何人かいるんだけど、みんな忙しいからなかなか集まれなくて」

「確かに、仕事が忙しい中での防災対策は難しいですよね。でも、無理に全部を一度にやろうとしない方がいいかもしれません。一歩ずつ進めていくのがコツです」

「一歩ずつか…具体的にどう始めたらいいですか？」

「まずは、会社の中でどんなリスクがあるのかをリストアップしてみるのがいいと思います。地震や火災、台風など、考えられるリスクを洗い出して、優先順位をつけてみてください」

小松さんはシーブリーズを作り終え、彼の前にそっと置いた。

「それから、できれば、チームでのコミュニケーションを大切にしてほしいです。みんなで話し合うことで、いいアイデアが出ることもありますし、実際に協力することで、全員の意識が高まりますから」

「そうですね…みんなで話し合うってのは、大事かも」

彼はカクテルを一口飲み、少しほっとした表情を見せた。

「美味しい。これ、いいですね。ちょっとリフレッシュできた気がする」

「ありがとうございます。防災チームの活動は、特に最初は難しく感じるかもしれませんが、小さなステップでも積み重ねていけば、大きな効果を生み出すことができます。例えば、まずは簡単な防災グッズをオフィスに置いてみるとか、避難訓練の計画を立ててみるとか」

「そうか…。最初は小さなことでも、できるところから始めてみるか。チームのメンバーにも、もう少し協力をお願いしてみようかな」

「ええ。無理をせずに、少しずつ進めていけばきっと良い結果が出ると思います。大事なのは、まず動き始めることですから」

「そうだね。なんか、ちょっと気が楽になったよ。ありがとう、小松さん」

「いつでもお待ちしています。ここは素敵な偶然が待っている場所ですから」

彼はシーブリーズを飲み干し、すっきりとした表情で立ち上がった。

小松さんのアドバイスを胸に、会社の防災チームの活動を少しずつ進めていく決意を新たにし、夜の街に戻っていった。

その夜もまた、「Serendipity」で生まれた人と人との温かい交流が、小松さんの心に深い満足感をもたらした。