一杯のコーヒーと防災の話 Season2　１２

横浜市郊外に佇む小さなカフェ、『Serendipity Coffee』。

柔らかな日差しが窓から差し込み、店内にはほんのりとコーヒーの香りが漂っている。

カフェのオーナーである小松さんは、カウンター越しにドリップコーヒーを丁寧に淹れていた。

20代後半の彼女は、かつて防災コンサルティング会社で働いていた経験を持ち、その知識をこのカフェで相談しながら日々の会話を楽しんでいる。

その日、午後の穏やかな時間に、60代くらいの女性が店に入ってきた。

少し疲れた表情をしていたが、カウンターに近づくとやさしい笑みを浮かべ、小松さんに話しかけた。

「こんにちは。今日はホットチョコレートをお願いできますか」

「もちろんです、ホットチョコレートですね」

小松さんは微笑みながら、温かいミルクを鍋で温め始めた。

「今日は寒いですから、温かい飲み物がぴったりですね」

「そうなんです…最近、寒さもあって体調があまり良くなくて。でも、こちらのカフェは落ち着くので、つい寄ってしまいます」

「ありがとうございます。少しでもくつろいでもらえるとうれしいです」

小松さんは、チョコレートをミルクに溶かしながら、ふと女性に目を向けた。

「今日は何かお悩み事があるんですか？」

「実は、近所の友達が防災のことを話していて…それを聞いてから、急に心配になっちゃって。でも、何から手をつけたらいいのか全然わからなくて」

女性は少し申し訳なさそうに続けた。

「こんな歳になって今さらって感じですけど、やっぱり備えなきゃいけないんですよね」

「全然遅くないですよ。気づいた時から備えるのが一番です」

小松さんは優しく励ましながら、ホットチョコレートをカップに注いだ。

「防災って、何も難しいことじゃなくて、日常のちょっとした準備から始めることができるんです」

「でも、いろいろ考えると不安ばかりが先に立ってしまって…」

女性はホットチョコレートを手に取りながら、そっと言った。

「地震が来たらどうしようとか、停電になったらどうすればいいんだろうとか」

「それは誰でも感じる不安ですよ。でも、その不安を少しでも減らすために備えるんです」

小松さんは、丁寧に説明を始めた。

「例えば、停電に備えて懐中電灯や乾電池、それからモバイルバッテリーを用意しておくと安心できますし、非常食や飲み水を少しずつ備蓄しておくだけでも、いざという時に心強いですよ」

「なるほど…非常食とかは、どんなものがいいんでしょうか？　食べ慣れないものだと、なんだか味気なくて続けられるか心配で」

「それなら、普段から食べているものを少し多めに買っておいて、それを非常食として使うといいですよ」

小松さんはにっこり笑った。

「例えば、缶詰やレトルト食品、お菓子なんかもいいんです。普段から好きなものを備えておけば、いざという時も落ち着いて食事が取れますし、食べ慣れているから安心できます」

「そうなんですね…防災って、もっと特別なことをしないといけないのかと思ってました。でも、普段の生活の延長でできるなら、私にもできそうな気がします」

「その気持ちが大事です。できることから少しずつ始めていけば、それが一番の安心につながりますから」

小松さんは、そっと女性の手元を見て続けた。

「それに、家の中でも安全な場所を確認しておくと、さらに安心です。例えば、地震が来た時にすぐに隠れられるテーブルや、家具が倒れてこない安全な場所を探しておくといいですよ」

「安全な場所…確かに、そういうところを日頃から決めておくと、いざという時にすぐ行動できますね」

女性はホットチョコレートを一口飲んで、ほっとした表情を見せた。

「なんだか、少し気が楽になりました。今度、友達とも話してみます」

「それがいいですね。お友達と一緒に防災のことを考えると、もっと楽しく備えることができると思いますよ」

小松さんは優しく微笑んだ。

「また何か不安なことがあれば、いつでもここに来てくださいね」

「ありがとうございます。本当に、ここに来て良かったです。また寄らせてもらいますね」

「お待ちしています。気をつけて帰ってくださいね」

女性がカフェを出ると、夕方の冷たい風が少しだけ強まっていた。

店内は再び静けさに包まれ、甘いチョコレートの香りがほのかに漂っている。

小松さんは次の客のために新たな飲み物を準備しながら、心の中でそっと祈った。

防災の備えが、彼女の不安を少しでも和らげてくれますように、と。