一杯のコーヒーと防災の話 Season2　１５

横浜市郊外に佇む小さなカフェ、『Serendipity Coffee』。

柔らかな日差しが窓から差し込み、店内にはほんのりとコーヒーの香りが漂っている。

カフェのオーナーである小松さんは、カウンター越しにドリップコーヒーを丁寧に淹れていた。

20代後半の彼女は、かつて防災コンサルティング会社で働いていた経験を持ち、その知識をこのカフェで相談しながら日々の会話を楽しんでいる。

その日の夕方、若い女性がカフェにやってきた。制服姿から見て、近くの会社で働いているようだった。

少し疲れた表情を見せながらカウンターに近づき、小松さんに注文をした。

「こんにちは。今日はチャイティーラテをお願いします」

「こんにちは。チャイティーラテですね」

小松さんはにこやかに返事をし、手早く準備を始めた。

「お仕事の帰りですか？」

「はい。今日はちょっと忙しくて…ようやく一息つけました」

女性はほっとしたように息をつきながら続けた。

「最近、会社の同僚と防災のことを話す機会があったんですけど、思ったよりみんな無関心で。いざという時のことを考えると不安になっちゃって」

「そうなんですね。それは心配になりますよね」

小松さんは女性の言葉に耳を傾けながら、スチームミルクを用意していた。

「でも、まずはできることから少しずつ意識してもらうことが大切です」

「そうですよね。でも、どうやって話を持ちかければいいのか…みんな忙しいし、堅苦しい話をすると引かれそうで」

「それなら、ちょっとした話題から始めてみてはどうでしょう」

小松さんはチャイティーラテをカップに注ぎながら提案した。

「例えば、『もし地震が来たら、どこに避難する？』とか、『停電したら何をする？』というように、具体的なシチュエーションを想像させる質問をしてみるといいかもしれません」

「なるほど、確かにそれなら自然に話せそうですね」

女性はカップを手に取り、嬉しそうに微笑んだ。

「でも、地震が来た時って、本当にどう動けばいいんでしょうか。私、パニックになっちゃいそうで…」

「それはみんな同じですよ。でも、事前に少しでも知識があれば、落ち着いて行動できることが増えます」

小松さんは丁寧に説明を続けた。

「まず、地震が来た時にはすぐに安全な場所に避難すること。テーブルの下に隠れるとか、落ちてくるものがない場所に身を寄せるとか。それから、揺れが収まるまでは慌てずに待つのが大切です」

「なるほど…でも、もし外にいる時に地震が起きたら？」

「外にいる場合は、建物から離れて、広い場所に避難するのがいいですね。看板やガラス、電柱など、上から落ちてくるものが多いので、なるべく安全な場所を探して、落ち着いて行動することが大事です」

小松さんは女性に優しく微笑んだ。

「そして、避難場所や連絡方法も、事前に考えておくといいですよ。家族や友達と、万が一の時にどこで集合するかを話し合っておくと、安心感が増しますから」

「確かに…あ、そういえば、最近スマホに防災アプリを入れたんです。警報が鳴るやつなんですけど、それだけでも少し安心できるような気がして」

女性は少し自慢げに言った。

「それは素晴らしいですね。防災アプリを入れておくと、最新の情報もすぐに手に入るし、避難の判断もしやすくなりますから」

小松さんは頷きながら、続けた。

「他にも、モバイルバッテリーや懐中電灯を持ち歩くのもおすすめです。スマホが使えない時でも、安心できるように備えておくといいですよ」

「モバイルバッテリー、確かに持っておかないと…」

女性は少し考え込みながら、チャイティーラテを一口飲んだ。

「なんだか、こうやって話をしていると、少しずつ自分でも備えられる気がしてきました。最初は大変そうに思えたけど、できることから少しずつ始めてみようかな」

「それが一番です。無理に完璧を目指す必要はありませんから、少しずつで大丈夫ですよ」
小松さんは優しく微笑んだ。

「またいつでも相談に来てくださいね」

「ありがとうございます。本当に、今日ここに来て良かったです。また来ますね」

女性は心からの感謝を伝え、店を出て行った。

夕方の薄暗い街並みの中、店内には柔らかなチャイとスパイスの香りが漂い、穏やかな空気が流れていた。

小松さんは次のお客さんのために新たな飲み物を用意しながら、こうして少しずつ防災の意識が広がっていくことを感じていた。