• より良い防災施策をご提案いたします。

彼の名は小松五郎、フリーの防災コンサルタントである。

五郎は防災について独自の哲学を持ち、その哲学を求めて一人歩き続ける。

今日は、横浜市内のマンションからの依頼だ。

比較的新しい高層マンションで、住民の間で防災対策に対する意識が低いことが問題視されている。

管理組合の代表、田村さんからの相談で、どうすれば住民たちに防災の重要性を伝えられるか悩んでいるらしい。

五郎がマンションのロビーに到着すると、田村さんが迎えてくれた。

「小松さん、ようこそ。実は、防災対策を進めようと話しているんですが、住民の賛同を得るのが難しくて…」

五郎はロビーを見回した。

どこか緊張感のない空間。

確かに新しくて快適そうだが、その分、災害のリスクが薄れているのかもしれない。

「新しい建物だと、安心してしまうんでしょうね」

「皆さん、安全だと思っているんでしょう。でも、それじゃいざという時に困る」

五郎は田村さんに歩み寄った。

「まずは、住民の方々に防災の必要性を知ってもらうことから始めましょう。マンションで災害が発生したとき、どんな問題が起こるかを具体的に話して、身近に感じてもらうんです」

田村さんは困ったように眉を寄せた。

「そうなんですけどね、結局、いつも『大丈夫でしょ』って言われてしまうんです。エレベーターが止まるかもしれないとか、避難経路がどうだとか言っても、実感がわかないみたいで…」

五郎は小さくため息をついた。

新しいマンションや設備が整っている場所ほど、住民は防災に無頓着になりがちだ。

何か、住民たちに防災を「自分ごと」として考えさせるきっかけが必要だった。

「確かに、新しい場所だと何も起きないように感じてしまいますね。でも、エレベーターが止まるというのは大きな問題です。特に高層階の住民が、急に階段を使わなければならなくなったら…想像してみてください。どうなりますか」

田村さんは目を伏せた。

「それは…確かに困りますね。特に高齢者や小さい子どもがいる家庭だと…」

「そうです。その時にどうするかを、日頃からシミュレーションしておくのが防災の基本なんです。住民の方々に、それぞれの家庭で備えを考えるきっかけを作れたら、自然と意識も変わってくるでしょう」

五郎はエレベーターに近づいて、ふと思案した。

「エレベーターが止まるだけじゃない。停電が起きれば、水道や冷蔵庫、スマホの充電まで一気に使えなくなる。これを一晩、いや、数日間耐えられるだろうか…新しいマンションでも、災害がくれば無力になるんだ」

ふと独り言を漏らして、田村さんに目を戻す。

「まずは、実際に停電やエレベーターが止まった時のシミュレーションをやってみましょう。管理組合が主導して、住民の方々に参加してもらうんです。災害時にどう動くべきか、実際に体験してもらうことで、危機感が生まれます」

田村さんは少し考えてから、頷いた。

「なるほど…避難訓練みたいにするんですね。でも、うまくいくでしょうか。やってくれる人がどれだけいるか…」

「最初から全員は無理でも、一部の住民が参加してくれれば、そこから広がりますよ。特にリーダー的な人が参加してくれると効果的です。あと、簡単な防災講座を開いて、エレベーターのトラブルや停電の話をしてみるのもいいですね」

「講座か…それなら、気軽に参加してくれるかもしれない」

五郎はふとロビーに設置された大きなガラス窓を見つめた。

「それに、窓ガラスも気になります。地震で割れてしまったら、破片が飛び散って大けがにつながることもあります。飛散防止フィルムを貼るだけでも、被害を大幅に減らせますよ」

「確かに…何かが飛んできたら危険ですね。そんなことまで考えていませんでした」

「防災って、日常の延長なんです。今の生活が続けられなくなる可能性に、少しだけ備えておく。それが、安心して暮らすための大事な準備です」

五郎は田村さんの表情が少しずつ明るくなっていくのを見て、安心した。

田村さんも、五郎の言葉を受けて、これから何をすべきかが見えてきたのだろう。

「よし、早速住民たちに話してみます。小松さん、今日は本当にありがとうございます」

マンションを後にした五郎は、夕暮れの街を歩きながら、そっとつぶやいた。

「新しい建物だって、災害が来れば等しく危険にさらされる。どれだけ備えておくかで、結果は大きく変わるんだ…安全は、一つ一つの積み重ねの先にある」

孤独な防災の旅は、まだまだ終わりそうにない。