スナックそなえ　８

横浜市郊外の商店街の一角にある「スナックそなえ」は、毎晩賑わいを見せる場所だ。

外から見ると、どこにでもあるスナックバーのようだが、中に一歩足を踏み入れると、そこには独自の雰囲気が広がっている。

店内の壁には防災に関するポスターや、地震対策のマニュアルが飾られており、一目で小松ママの趣味と知識が感じられる。

その夜、店に入ってきたのは常連の吉田さんだった。

吉田さんは５０代の独身男性で、仕事の疲れを癒すために週に何度か立ち寄る。

小松ママは吉田さんの姿を見るなり、にっこりと笑顔を向けた。

「いらっしゃい、吉田さん。今日は何にする？」

「こんばんは、ママ。今日は日本酒が飲みたいな」

「ほいほい、日本酒ね。今日はちょうどいいお通しもあるわよ。待っててね」

小松ママは慣れた手つきで徳利に日本酒を注ぎ、お通しと一緒にカウンターに置いた。

そのお通しは「ほうれん草の胡麻和え」。

小松ママが心を込めて作った一品だった。

「これ、今日のお通しは『ほうれん草の胡麻和え』よ。体にもいいし、酒のつまみにぴったりなの」

吉田さんは箸で少しつまみ、口に運んだ。

「うん、うまい。ママの料理はいつも心がこもってるよ」

「そりゃあ、うちの手作りだもの。食べてもらう人が元気になってくれるのが一番嬉しいのよ」

吉田さんは日本酒を一口飲み、ふぅと息をついた。

「実は、最近防災について考える機会があってさ。うちの会社でも訓練をやったんだけど、全然準備できてないって気づいてね」

「そうなの？それはいい機会じゃないの。何か始めた？」

「うーん、非常食はちょっと買い足したんだけど、他に何が必要なのかまだわからなくて…」

小松ママは少し考え込むように眉をひそめた。

「そりゃ、まずは基本からよ。食料もそうだけど、非常用トイレもちゃんと用意してる？意外と忘れがちなのよ」

「非常用トイレか…確かに、それは考えてなかったな」

「大事よ。水が止まったら、トイレも使えなくなるからね。それに、あとは懐中電灯とかモバイルバッテリーもあると安心」

吉田さんは少し驚いたように頷いた。

「そこまで考えるのか。やっぱり、ママは防災のプロだね」

「当たり前じゃないの。こう見えて、昔は防災のエキスパートだったのよ。だから、何か困ったことがあれば、いつでも相談しに来なさい」

「ありがとう、ママ。なんだか少し安心したよ」

小松ママは微笑んで、徳利からもう一杯、日本酒を注いだ。

「それじゃあ、安心したところで、もう一杯いきましょうか。乾杯」

「乾杯」

二人は日本酒の杯を合わせ、しばらく静かに飲んでいた。

吉田さんは、小松ママとの話と温かいお通しが心に染みていくのを感じた。

スナックそなえでの小松ママのアドバイスは、今日もまた横浜の街に少しずつ安心をもたらしている。

彼女の親身な対応が、地域の人々にとっての心強い支えとなっていることを、小松ママ自身はおそらくまだ知らないのかもしれない。