一杯のカクテルと防災の話　２０

夜の冷たい風が横浜の街を吹き抜ける中、バー「Serendipity」の柔らかな灯りが、通りを優しく照らしていた。

小松さんはカウンターで、静かな夜のひとときを楽しんでいた。

その夜、ドアが開き、一人の若い女性が入ってきた。

彼女は20代半ばくらいで、少し緊張した表情をしていたが、カウンターに座ると、ふと肩の力が抜けたように見えた。

「こんばんは」

「こんばんは。初めてですか？」

「はい。何か、おすすめのカクテルをいただけますか？」

「もちろんです。今日は、少しフルーティーでリフレッシュできるものがいいかなと思います。ピーチベリーニなんてどうでしょう？」

「それ、いいですね。お願いします」

小松さんがピーチベリーニを作り始めると、女性はカウンターの上で手を組み、少し不安げな顔をしていた。

「何かお困りのことがあるんですか？」

「実は…最近、一人暮らしを始めたんですけど、防災のことを考えると、ちょっと怖くて。もし地震が起きたら、自分一人でどうしたらいいのか分からなくて…」

小松さんはうなずきながら、カクテルを彼女の前にそっと置いた。

「一人暮らしだと、不安が増えますよね。でも、まずはできることから少しずつ始めていけば、きっと安心できるようになります」

「できることって…例えば、どんなことですか？」

「そうですね。まずは防災グッズを揃えることから始めるのがいいと思います。懐中電灯や非常食、水、ラジオなど、必要最低限のものを準備しておくだけでも、いざというときに落ち着いて対応できます」

彼女はピーチベリーニを一口飲み、少し考え込んだ。

「うん…でも、それだけで大丈夫なのかな？」

「それと、避難場所を確認しておくのも大事です。お住まいの近くにどんな避難場所があるのか、事前に知っておくだけで、緊急時に冷静に行動できます。あと、スマートフォンに防災アプリを入れておくと、災害の情報をすぐに確認できるので安心ですよ」

「防災アプリ…それは考えたことなかったです。便利そう」

「ええ。それに、あまり難しく考えなくても大丈夫です。普段から少しずつ準備を進めていけば、自然と防災意識も高まりますし、無理せずに続けることが大切です」

彼女は小さくうなずき、ピーチベリーニをまた一口飲んだ。

「小松さん、ありがとうございます。少しだけ、気持ちが楽になった気がします。防災って、何だかすごく大変なことのように思えてたけど、ちょっとずつならできるかもしれない」

「その気持ちが大事です。何かあったときに『準備しておいて良かった』と思えるように、小さなことから一歩ずつ始めてみてください」

「分かりました。ちょっとずつやってみます」

「いつでもお待ちしています。ここは素敵な偶然が待っている場所ですから」

彼女はピーチベリーニを飲み干し、少し晴れやかな表情で席を立った。

小松さんのアドバイスを胸に、新しい一人暮らしの生活の中で、少しずつ防災の準備を進めていく決意を固めた。

その夜もまた、「Serendipity」で生まれた人と人との温かい交流が、小松さんの心に深い満足感をもたらした。