横浜市郊外に佇む小さなカフェ、『Serendipity Coffee』。
柔らかな日差しが窓から差し込み、店内にはほんのりとコーヒーの香りが漂っている。
カフェのオーナーである小松さんは、カウンター越しにドリップコーヒーを丁寧に淹れていた。
20代後半の彼女は、かつて防災コンサルティング会社で働いていた経験を持ち、その知識をこのカフェで相談しながら日々の会話を楽しんでいる。
その日の午後、少し遅めの時間に、年配の男性が店に入ってきた。
60代半ばくらいで、落ち着いた雰囲気を漂わせている。カウンターに近づくと、にこやかに小松さんに話しかけた。
「こんにちは。今日はホットミルクティーをお願いします」
「こんにちは。ホットミルクティーですね」
小松さんは微笑みながら注文を受け、紅茶の準備を始めた。
「今日はのんびりしたい気分ですか?」
「ええ、最近孫たちと一緒に過ごしてるんですが、ちょっと考え事が多くて…」
男性は少し表情を和らげながら答えた。
「実は、あの子たちに防災のことをちゃんと伝えなきゃって思ってるんです。でも、どうやって話したらいいのか悩んでいて」
「お孫さんに防災のお話を…それは素敵ですね」
小松さんは紅茶の葉をポットに入れながら、頷いた。
「でも、確かにどこから始めたらいいのか迷うかもしれませんね」
「そうなんです。子どもたちはまだ小さくて、怖がらせたくはないけれど、いざという時にどうすればいいかは教えておきたくて…」
男性は少し遠くを見つめるように言った。
「でも、あまり真剣に話すと、余計に怖がってしまいそうで」
「それなら、遊び感覚で教えるのはどうでしょう」
小松さんはお湯を注ぎながら提案した。
「例えば、避難訓練を『かくれんぼ』みたいにしてみるとか。どこに隠れたら安全かを一緒に探してみると、自然と覚えてくれると思いますよ」
「かくれんぼ…それはいいですね。それなら楽しくできそうです」
男性は驚いたように目を見開き、笑顔を見せた。
「でも、実際に地震が起きた時に、どういうふうに行動すればいいのかも教えたいんです。小さいから、ちゃんと理解してもらえるか心配で」
「まずは、具体的な行動をシンプルに伝えるのがいいですね。『地震がきたら、机の下に隠れるんだよ』とか、『揺れが収まるまで動かないようにしよう』とか、短いフレーズで覚えられるように」
小松さんは、紅茶が蒸らされるのを待ちながら説明した。
「それに、家族で一緒に防災訓練をしておくと、みんなで動くことに慣れて安心できるんじゃないかなと思います」
「なるほど…確かに、一緒に訓練すれば、怖がらずに覚えてくれそうですね」
男性はホッとした表情を浮かべた。
「この前も、ニュースで地震の映像を見て、孫が怖がってしまったんです。その時に、どう言葉をかければいいのか悩んでしまって…」
「そういう時は、『大丈夫、こうやって準備しているから安心だよ』と伝えるのがいいかもしれません」
小松さんは優しい口調で続けた。
「防災は怖いことじゃなくて、安心のための準備だってことを、お孫さんに感じてもらえるといいですね」
「なるほど…それなら、安心して話ができそうです。小松さんの言う通り、遊び感覚で少しずつ教えてみます」
男性はホットミルクティーを受け取り、温かさを感じながら微笑んだ。
「こうやって話を聞いてもらえると、本当に助かります。また来ますね」
「いつでもお待ちしています。お孫さんたちと楽しく防災の話ができるといいですね」
小松さんは、優しく見送るように言った。
「またお話しに来てください」
男性がカフェを出ると、外は夕暮れ時の穏やかな光が広がり、静かな風が通りを吹き抜けていた。
店内には、ほのかにミルクティーの香りが漂い、温かな空気が広がっていた。
小松さんは次の客のために新たな紅茶を準備しながら、防災の知識がこうして少しずつ未来へと受け継がれていくことを感じていた。