一杯のカクテルと防災の話　２１

横浜の夜が静かに深まる中、バー「Serendipity」の窓から漏れる灯りが通りを柔らかく照らしていた。

小松さんはカウンターで、新しいお客さんを迎える準備を整えていた。

その夜、ドアが開き、40代の女性が入ってきた。

彼女は少し疲れた表情で、手に小さなノートを持っていた。

カウンターに座ると、小松さんに軽く会釈をした。

「こんばんは」

「こんばんは。お疲れのようですね。何かリラックスできるカクテルをお作りしましょうか？」

「そうですね…少し甘めで、癒されるようなものをお願いできますか？」

「では、ホワイトレディはいかがでしょう。ジンとレモン、そしてオレンジリキュールのバランスが絶妙で、優しい甘さがありますよ」

「それをお願いします」

小松さんがホワイトレディを作り始めると、彼女はノートをカウンターの上に置き、ため息をついた。

「今日はお忙しい一日でしたか？」

「ええ、少し…。町内会の防災計画のことで、色々と考えていて。リーダーになったんですけど、正直どう進めていいのか分からなくて」

「町内会の防災計画ですか。それは重要なお役目ですけど、大変ですよね」

「そうなんです。皆さん忙しいし、防災に興味がない人も多くて。どうやって協力してもらえるか悩んでいて」

小松さんはカクテルを仕上げ、彼女の前に置いた。

「ホワイトレディです。どうぞ」

「ありがとうございます」

彼女は一口飲み、ほっとしたような表情を見せた。

「美味しいですね。少しだけ気分が落ち着きました」

「それは良かったです。防災計画を進める際には、まず小さなステップから始めるのが良いかもしれません。例えば、防災訓練を提案するときも、大掛かりなものではなく、シンプルな避難経路の確認や、情報共有の会を開くなど」

「確かに、大きなことをしようとすると、ハードルが高いかもしれませんね」

「そうなんです。それに、住民の皆さんにとって、日常生活に直接役立つ話題を盛り込むと興味を引きやすいですよ。例えば、災害時の簡単な調理法や、家庭で備えておくべきものなど」

「それなら、実際に役に立つって感じられるかもしれませんね」

「ええ。そして、みんなで話し合う場を作ることも大切です。『こういう時どうしたらいいと思いますか？』と問いかけると、意外と多くのアイデアが集まりますよ」

彼女はノートを開き、メモを取り始めた。

「なるほど…具体的なアプローチが大事ですね」

「そうです。無理をせず、一つずつ進めていけば、きっと良い結果につながります」

「小松さん、本当にありがとうございます。少しだけですが、自信が出てきました」

「いつでもお待ちしています。ここは素敵な偶然が待っている場所ですから」

彼女はホワイトレディを飲み干し、心が軽くなった表情で席を立った。

小松さんのアドバイスを胸に、町内会の防災計画を少しずつ進めていく決意を新たにした。

その夜もまた、「Serendipity」で生まれた人と人との温かい交流が、小松さんの心に深い満足感をもたらした。