一杯のコーヒーと防災の話 Season2　１８

横浜市郊外に佇む小さなカフェ、『Serendipity Coffee』。

柔らかな日差しが窓から差し込み、店内にはほんのりとコーヒーの香りが漂っている。

カフェのオーナーである小松さんは、カウンター越しにドリップコーヒーを丁寧に淹れていた。

20代後半の彼女は、かつて防災コンサルティング会社で働いていた経験を持ち、その知識をこのカフェで相談しながら日々の会話を楽しんでいる。

その日の午後、いつもより早めに店にやってきたのは、常連の田中さんだった。

50代の彼は仕事の合間によくこのカフェに訪れている。

「こんにちは。今日はブラックコーヒーをお願いします」

「こんにちは、田中さん。ブラックコーヒーですね」

小松さんはにこやかに返事をしながら、コーヒー豆を挽き始めた。

「今日は少し早めですね」

「ええ、午前中の仕事が早く終わったので。最近、ちょっと気になることがあって、相談しに来ました」

「防災のことですか？」

小松さんは豆を丁寧に挽きながら尋ねた。

「そうなんです。職場の同僚と防災の話をする機会があったんですけど、みんな思った以上に何も備えてなくて。それで、職場全体で何か対策をしなきゃいけないんじゃないかと思ったんですが、何から始めればいいのか…」

「職場での防災対策ですね。それはとても大切なことですね」

小松さんはお湯を注ぎながら頷いた。

「まずは、避難経路の確認や、緊急時の連絡手段を整えることから始めてみるのはどうでしょう」

「避難経路…職場の建物が古いので、そこが一番心配なんですよね」

田中さんは少し考え込むように言った。

「確か、非常口の場所も曖昧で…そういうところから見直した方がいいんでしょうか」

「そうですね。非常口や避難経路の確認は最優先です。古い建物なら、特に緊急時にどのルートが使えるかを事前に確認しておくことが重要です」

小松さんはコーヒーをカップに注ぎながら、説明を続けた。

「あと、避難訓練を定期的に実施するのもおすすめです。実際に歩いてみることで、いざという時の行動がスムーズになりますから」

「避難訓練か…確かにやった方がいいですね。でも、忙しい職場なので、どうやってみんなに協力してもらうかが難しいかもしれません」

「それなら、最初は短時間でできる訓練から始めるといいですよ。例えば、非常口まで実際に歩いてみるだけでも効果はあります」

小松さんは優しくアドバイスをした。

「それに、みんなで共有できる防災マニュアルを作っておくのもいいですね。誰でも簡単に読める内容で、避難時の行動や持ち出すべきものをまとめておくと役立ちます」

「なるほど、防災マニュアルか。それなら少しずつ作れそうです」

田中さんはコーヒーを一口飲みながら頷いた。

「でも、もし地震が職場で起きたら、最初に何をすればいいんでしょうか」

「まずは、自分の身を守ることが最優先です。デスクの下に隠れるとか、落ちてくるものがない場所に避難して、揺れが収まるまで待つことが大事です」

小松さんは真剣な表情で答えた。

「その後、周囲の安全を確認しながら、非常口へ移動するようにしてください。エレベーターは使わず、階段を使うこともポイントです」

「確かに、慌ててエレベーターを使うのは危険ですね」

田中さんは感心したように頷いた。

「防災って、もっと大変なものだと思ってましたが、少しずつやれることから始めればいいんですね」

「その通りです。無理に完璧を目指す必要はありませんから」

小松さんは微笑みながら言った。

「少しずつ取り組んでいけば、それが大きな安心につながりますよ」

「ありがとう、小松さん。これで少し方向性が見えてきました。まずは避難経路の確認から始めてみます」

「何か困ったことがあれば、いつでも相談に来てくださいね」

小松さんは田中さんを見送りながら言った。

「お仕事、頑張ってください」

田中さんが店を出ると、午後の日差しが少しずつ柔らかくなっていた。

カフェの中には静かな時間が流れ、香ばしいコーヒーの香りが店内を包み込んでいた。

小松さんは次の客のために新たなコーヒーを準備しながら、防災の意識がまた一つ広がったことを感じていた。