彼の名は小松五郎、フリーの防災コンサルタントである。
五郎は防災について独自の哲学を持ち、その哲学を求めて一人歩き続ける。
今日は、横浜市郊外にある小規模な商店街からの依頼だ。
商店街の会長、野村さんが防災対策を見直したいと五郎に相談を持ちかけてきた。
老舗の個人商店が多く並ぶこの商店街は、近年客足が減少し、災害対策が後回しにされがちだったらしい。
五郎は駅を降り、静かな商店街の入り口に立った。
「昔ながらの商店街…いい雰囲気だな。けれど、こういう場所ほど防災対策は忘れられがちだ」
五郎のつぶやきを聞きつけたかのように、野村さんが迎えに来た。
「小松さん、お待ちしてました。ここがうちの商店街です」
「お招きありがとうございます。さっそく拝見させていただきますね」
商店街を歩きながら、五郎は路地の様子や店の並びを観察していた。
どの店も古びた佇まいだが、それがまた魅力的でもある。
しかし、狭い路地や通路に商品がはみ出しているのが目に留まった。
「この商店街、どれくらいの方が日常的に利用されていますか」
「平日は少ないですが、土日は近所の方や観光客が来てくれます。ただ、地震や火事が起きたときにどう避難させればいいのか…正直、考えがまとまっていません」
「なるほど。まずは、避難経路を確認しましょう。この路地が避難ルートになるとしたら、少し商品が多いですね」
五郎は商店街の路地を指差した。
「非常時にはここが通行の妨げにならないように、通路を確保することが大切です。商品を置く場所を工夫して、避難の動線を邪魔しないようにしましょう」
野村さんは苦笑いを浮かべた。
「確かに、商店街の雰囲気を優先してきましたが、災害時のことはあまり考えていませんでした」
「安全が第一です。商品が倒れて避難を妨げるだけでなく、ガラスが割れてしまえば怪我をする危険もあります」
「ガラスの割れですか…それは盲点でした」
「窓や商品棚のガラスには飛散防止フィルムを貼るといいですよ。これだけで割れたときの被害を大幅に軽減できます」
五郎はふと立ち止まり、店の一つを指差した。
「このお店、奥行きがありますね。避難の際には、どちらに出るか決めていますか」
店主の女性が近寄ってきた。
「実は、裏口があるんですが、あまり使わなくて…」
「裏口を避難口として整備しておくと良いです。普段使わない出口でも、非常時には命を守る大切なルートになります」
野村さんが感心したように頷く。
「裏口を避難用に使うなんて考えていませんでした。さっそく点検します」
さらに五郎は、防災備蓄についても提案した。
「災害が起きたとき、商店街全体で非常食や水を備蓄しておくと、避難してきた人たちを支援できます。特に冬場は防寒具も重要ですね」
「備蓄か…正直、商店街全体で考えたことはありませんでしたが、協力してみます」
五郎は小さく頷きながら、商店街の消火器を確認した。
「消火器はしっかり設置されていますが、点検はされていますか」
「点検は…あまりしていないかもしれません」
「消火器はいつでも使える状態にしておくことが大切です。年に一度は業者に点検してもらいましょう」
最後に五郎は、防災訓練の実施を提案した。
「住民の方々やお店の方たちと一緒に、防災訓練をしてみましょう。特に避難経路を確認することや、消火器の使い方を練習しておけば、いざという時に落ち着いて対応できます」
野村さんが少し不安げに聞いた。
「人が集まってくれるか心配ですが、頑張ってみます」
「最初は少人数でもいいんです。一度訓練をやれば、それをきっかけに意識が変わります」
五郎は商店街を後にし、夕暮れの空を見上げた。
「商店街は地域の顔だ。防災意識を高めれば、住民たちの安心感も変わる。防災とは、暮らしを守るための習慣なんだ」
五郎の孤独な防災の旅は、まだまだ続いていく。