東日本大震災から1週間が経ち、田上茜3曹は瓦礫撤去の現場に配属されていた。
町全体が泥に覆われ、生活の痕跡を失った街並み。
どこを掘り起こしても壊れた家具や家電が出てくるだけで、人々の希望を感じるものはほとんど見当たらなかった。
「田上3曹、この辺りの泥をさらに掘り起こすぞ」
先輩の中村2曹が声をかけた。
「はい。ここはまだ手付かずですね」
田上はスコップを手に、慎重に泥を掘り返し始めた。
作業は単調で体力を消耗するが、黙々と作業を続ける中でふと手を止めた。
泥の中に、何か固いものが埋まっている感触があったのだ。
「何かありました」
田上が泥を掘り進めると、小さな木箱が姿を現した。
それは、湿気で少し変色していたが、中には何かが詰まっているようだった。
「開けてみてもいいですか?」
中村2曹がうなずき、田上は慎重に箱を開けた。
そこには家族の写真や古い手紙がぎっしり詰まっていた。
「これは…誰かの大切な思い出ですね」
田上は思わず手を止めて写真を見つめた。
それは幸せそうに笑う家族の写真だった。
「持ち主が見つかればいいな」
「届けられるといいな」
その日の夕方、田上は避難所に戻ると早速、箱を持ち主に返せるよう住民に声をかけた。
避難所の片隅に腰掛けていた年配の男性が、箱を見るなり目を大きく見開いた。
「あ、それは…私のです!」
男性の名前は佐野さん。津波で家を失い、大切な家族の写真も諦めていたという。
「まさか、こんな形で戻ってくるなんて…」
佐野さんは箱を抱きしめ、涙を流した。
「ありがとうございます。これがあれば、また頑張れます」
田上はそっと頭を下げた。
「私たちはただ掘り起こしただけです。写真があなたのもとに戻るのが使命ですから」
その夜、田上は仲間とその日の出来事を話しながら夕食をとっていた。
「今日は少しだけ人の役に立てた気がします」
「田上3曹、お前はいつも人のために頑張ってるよ」
仲間たちの言葉に、田上は照れくさそうに笑った。
そして、ふと思った。
「瓦礫の中にも希望は埋まっている。それを掘り出すのが私たちの仕事なんだ」
次の日も瓦礫撤去作業は続いたが、田上の手は少し軽くなったように感じた。
※このストーリーは、ノンフィクションを元に作成されたフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。