彼の名は小松五郎、フリーの防災コンサルタントである。
五郎は防災について独自の哲学を持ち、その哲学を求めて一人歩き続ける。
今日は、横浜市内の中学校から依頼が入った。
校舎の老朽化と、増加する生徒数に対応する防災対策を見直したいという相談だ。
特に、避難訓練が形式的になりがちなことを校長先生が心配しているという。
五郎は校門をくぐり、中庭に目を向けた。元気に遊ぶ生徒たちの声が響いている。
「学校…ここは未来を育てる場所だ。だからこそ、備えは万全であるべきだな」
そう呟くと、校長先生が手を振りながら近寄ってきた。
「小松さん、お越しいただきありがとうございます。実は、地震が起きたときの避難方法について、もっと実践的な対策を考えたいと思っているんです」
「避難訓練は定期的に行われていますか」
「はい、年に二回ほど。ただ、生徒たちは流れ作業のように参加していて…災害の怖さを実感していない気がするんです」
「それはよくありますね。訓練が形式的だと、本当に必要なときに動けなくなります」
五郎は校舎の入口を見ながら続けた。
「まずは校舎の中を見せていただけますか」
校舎の中は、ところどころ老朽化が目立ち、廊下には大きな掲示板やロッカーが並んでいた。
五郎はその一つを指差した。
「このロッカー、倒れてくると生徒が避難できなくなりますね。固定されていませんが、すぐに対策をした方がいいです」
校長は慌ててメモを取った。
「確かに、固定していませんでした。早急に対応します」
「また、避難経路が明確になっていないようですが、生徒たちがどのルートで避難するか決めていますか」
「一応、非常階段を使うよう指示していますが、細かいところまでは…」
「細かい部分こそ重要です。例えば、非常階段に一度に全員が殺到すると混乱が起きます。学年ごとに避難ルートを分けてみてはどうでしょうか」
「なるほど、それは良いアイデアですね」
次に五郎は、防災設備について尋ねた。
「火災時には煙が広がりますが、煙感知器やスプリンクラーの設置は十分ですか」
校長は少し顔を曇らせた。
「スプリンクラーは予算の関係でまだ設置できていませんが、感知器はあります。ただ、点検があまり行われていないかもしれません」
「感知器やスプリンクラーは命を守る最後の砦です。予算の問題はあると思いますが、優先順位を上げて対策を進めるべきです」
「確かに、改めて考えると重要ですね」
校長は深く頷いた。
「避難訓練の見直しについてはどう思われますか。もっと実践的にしたいのですが」
「生徒たちが実際に動く中で、災害時の流れをリアルに体験できる訓練が理想です。例えば、教室の机や椅子を使って障害物を作り、それを避けて避難する練習をしてみてはどうでしょう」
「障害物ですか。それは面白そうですね。生徒たちも真剣に取り組んでくれるかもしれません」
「訓練の際に、教師がリーダー役を務めるのも重要です。生徒が安心して行動できるよう、指示を明確に出す練習をしておくと良いでしょう」
最後に五郎は、学校全体での防災意識を高めるために、防災教育を授業に取り入れることを提案した。
「避難訓練だけでなく、普段の授業の中で防災について考える時間を作ると、生徒たちの意識も変わります。例えば、地震が起きたときに家族とどう連絡を取るか、避難所でどう過ごすかを話し合うのも良いでしょう」
校長は目を輝かせて頷いた。
「それなら、授業の一環として取り入れられそうです。早速、教師たちと話してみます」
五郎は中庭を歩きながら、空を見上げた。
「学校は未来を育む場所。ここで防災を学ぶことが、生徒たちが大人になったときの安全につながる。防災とは、次の世代への贈り物でもある」
そう呟いて、五郎は校門を後にした。