横浜の夜空に冷たい風が吹き付ける中、「Serendipity」の明かりが道行く人々を温かく迎えていた。
小松さんは、カウンター越しに静かな時間を楽しみながら、新しいお客さんとの出会いを待っていた。
その夜、ドアが開き、30代前半の女性が入ってきた。
彼女はビジネススーツを着ており、少し疲れた様子でカウンターに座った。
「こんばんは」
「こんばんは。今日はどんな気分ですか?」
「ちょっと甘くて、リラックスできるカクテルがいいです」
「それなら、ゴールデンキャデラックはいかがでしょう。ガリアーノとクリーム、カカオリキュールの甘さが優しく包んでくれますよ」
「それをお願いします」
小松さんがゴールデンキャデラックを作り始めると、女性は鞄から手帳を取り出し、ペンを持ったまましばらく無言だった。
小松さんはその様子を見て、穏やかに声をかけた。
「お仕事でお忙しかったんですか?」
「ええ、最近新しいプロジェクトを任されて…。それが、防災関連の企画で。実は、あまり詳しくなくて困ってるんです」
「防災関連の企画ですか。どんな内容なんですか?」
「企業内で、防災意識を高めるための研修を提案しなきゃいけなくて。でも、どうしたらみんなが興味を持ってくれるかが分からなくて」
小松さんはゴールデンキャデラックを彼女の前に置き、優しく微笑んだ。
「ゴールデンキャデラックです。どうぞ」
「ありがとうございます」
彼女は一口飲み、ふっと肩の力を抜いた。
「美味しいですね。少しだけ気持ちが軽くなった気がします」
「それは良かったです。防災研修のアイデアですが、実践的な体験を取り入れると、興味を持ちやすいかもしれません」
「実践的な体験?」
「はい。例えば、避難訓練をただ行うだけではなく、シミュレーション形式で実際の災害を想定して行うとか。火災時の消火器の使い方や、簡単な応急手当のデモンストレーションも効果的です」
「なるほど、体験型にするんですね。それなら、参加者も真剣に取り組んでくれるかもしれません」
「そうですね。それに、災害時に役立つアプリの使い方を紹介するのも良いですよ。最新の情報がすぐに手に入るので、みなさんの安心感も増すはずです」
「防災アプリか…確かに、今の時代に合ってますね」
「ええ。そして、最後にクイズ形式で学んだ内容を確認すると、研修の満足度も高くなるかもしれません」
彼女は手帳にメモを取りながら、何度もうなずいた。
「ありがとうございます、小松さん。なんだか、良い企画が浮かびそうな気がしてきました」
「それは良かったです。無理せず、少しずつ進めてみてください」
「そうします。本当に助かりました」
「いつでもお待ちしています。ここは素敵な偶然が待っている場所ですから」
彼女はゴールデンキャデラックを飲み干し、少し明るい表情で席を立った。
小松さんのアドバイスを胸に、企業向け防災研修の企画を練り直す自信を取り戻し、夜の街へと戻っていった。
その夜もまた、「Serendipity」で生まれた人と人との温かい交流が、小松さんの心に深い満足感をもたらした。