彼の名は小松五郎、フリーの防災コンサルタントである。
五郎は防災について独自の哲学を持ち、その哲学を求めて一人歩き続ける。
今日は、横浜市内にあるショッピングモールからの依頼だ。
このモールは大規模な施設で、買い物客が多い平日だけでなく、週末にはさらに多くの人々が集まる。
そのため、災害時の避難計画を整備したいという相談が、施設の運営責任者である藤本さんから寄せられた。
五郎がモールの正面玄関に到着すると、藤本さんが急ぎ足でやってきた。
「小松さん、お忙しいところありがとうございます」
「こちらこそ、呼んでいただき感謝します。さっそく中を見せていただけますか」
「ぜひお願いします。まずはモール全体の避難経路について確認いただきたいのですが…」
五郎は玄関をくぐり、広々としたロビーを見回した。
開放感のある空間は快適だが、同時に多くの人が集まれば混乱を招きやすいことを感じさせた。
「このロビーは広いですね。避難経路を確認する前に、まずこの空間がどう活用されるべきか考えてみましょう」
藤本さんは困惑した表情を浮かべた。
「どういうことでしょうか」
「災害時、この場所が避難の初動で重要な役割を果たします。避難の流れを整理するために、誘導の役割を果たすスタッフが必要です。そのための訓練は行っていますか」
「いえ、そこまでは…」
「まずはスタッフの訓練が最優先です。この広い空間を使いこなせなければ、人が密集して混乱が起きます」
五郎はロビーの隅に設置された案内板を指差した。
「この避難経路の表示、少し分かりづらいですね。もっとシンプルで直感的なデザインにするべきです」
「確かに、普段見慣れない人には分かりにくいかもしれません。早速改善します」
次に五郎は、各フロアのエスカレーターとエレベーターを確認した。
「災害時、エレベーターは使えませんが、その際、エスカレーターも安全とは限りません。階段の利用を前提にした避難計画を考える必要があります」
藤本さんは大きく頷いた。
「その点が一番の課題です。高齢の方や小さなお子さん連れのお客様も多いので、どう誘導するか悩んでいました」
「では、避難経路を複数確保し、優先順位を設定する方法を検討しましょう。例えば、高齢者やお子さんにはエレベーターが使えなくても短い移動で安全な場所に行けるルートを確保します」
「なるほど、それなら現実的ですね」
五郎は次に、店舗内のレイアウトに目を向けた。
特に通路に並べられた商品棚が避難の妨げになる可能性を感じた。
「この商品棚ですが、地震が起きた場合に倒れてしまう危険があります。固定されていますか」
「固定していない棚が多いですね。安全のためにはやはり固定が必要でしょうか」
「もちろんです。揺れで棚が倒れると、人々が怪我をするだけでなく、避難を妨げます。優先して対策を進めましょう」
最後に五郎は、防災備蓄について確認した。
「災害が発生してモール内に人が閉じ込められた場合を想定していますか」
「正直、備蓄についてはあまり準備していません…」
「最低でも非常食、水、防寒具、簡易トイレは揃えるべきです。大勢の人が集まる場所ですから、準備があれば不安が和らぎます」
藤本さんは深く頷いた。
「分かりました。優先的に準備を進めます」
五郎はモールの外に出て、広がる空を見上げた。
「人が集まる場所ほど、防災は命を守るための責任が大きい。備えがあるからこそ、人々は安心して集まれるんだ」
そう呟き、五郎は次の依頼へと足を進めた。