横浜市郊外の商店街の一角にある「スナックそなえ」は、毎晩賑わいを見せる場所だ。
外から見ると、どこにでもあるスナックバーのようだが、中に一歩足を踏み入れると、そこには独自の雰囲気が広がっている。
店内の壁には防災に関するポスターや、地震対策のマニュアルが飾られており、一目で小松ママの趣味と知識が感じられる。
その夜、店に入ってきたのは独身で趣味が釣りという常連の大石さん。
50代半ばの彼は、いつも日本酒を飲みながら小松ママと防災について話すのが楽しみだった。
カウンターに腰を下ろすと、小松ママが声をかける。
「いらっしゃい、大石さん。今日は何にする?」
「ママ、いつもの日本酒でお願い」
「ほいほい、日本酒ね。お通しも出すから、少し待ってて」
小松ママは徳利に日本酒を注ぎ、ちょうど良い温度に温めてから大石さんの前に置いた。
そして、小さな器に盛られたお通しを差し出した。
「今日のお通しは『鯖の味噌煮』よ。魚好きな大石さんにはぴったりでしょ」
「おお、鯖の味噌煮か。ママ、よくわかってるね。これ、絶対うまいやつだ」
大石さんは箸で鯖を一口食べ、目を細めた。
「やっぱり最高だな。家庭的な味が染みるよ」
「でしょ?これ、うちの得意料理なの。で、今日は釣りの話?それとも防災の話?」
「防災の話かな。最近、釣りの仲間たちとキャンプにも行くようになってね。その時に災害が起きたらどうすればいいか、ちょっと気になってさ」
「なるほどね。それならキャンプ用品がそのまま防災に役立つこともあるわよ」
「本当?具体的には?」
「例えば、キャンプ用のバーナーやコンロ。ガスが止まった時でも料理ができるでしょ。それから、ランタン。これがあれば停電の時にも明るさを確保できるわ」
「なるほど。確かにキャンプ用品って、いざという時に使えるかも」
「そうよ。それに、非常食にもキャンプのフリーズドライ食品なんかが便利。軽いし、長持ちするからね」
大石さんは頷きながら日本酒を飲み、少し考え込んだ。
「そういえば、仲間の一人が『水を忘れちゃダメだ』って言ってたな」
「その通り。水は命に直結するから、絶対に確保しておくこと。キャンプ用の水タンクがあれば、そのまま災害用に使えるし、ポータブル浄水器もあると便利よ」
「ポータブル浄水器か…それ、持ってないな。買っておいた方が良さそうだな」
「そうね。あとね、キャンプの延長で防災を考えると、簡易トイレもあると安心よ。災害時には水洗トイレが使えなくなることもあるからね」
「ママ、本当に詳しいね。防災の知識がなかったら、こんなこと考えもしなかったよ」
「それが私の役目だからね。備えあれば憂いなし、でしょ?」
「本当にそうだな。よし、次のキャンプの時にはみんなに教えてやるよ」
「いい心がけね。それじゃあ、今日も乾杯しようか」
「乾杯」
二人の徳利と盃が軽やかに触れ合い、日本酒の香りが店内に広がった。
お通しの鯖の味噌煮と温かな会話が、大石さんの心と体を優しく温めた。
スナックそなえでの小松ママのアドバイスは、今日もまた横浜の街に少しずつ安心をもたらしている。
彼女の親身な対応が、地域の人々にとっての心強い支えとなっていることを、小松ママ自身はおそらくまだ知らないのかもしれない。