企業における防災訓練は、従業員の命を守るだけでなく、事業継続や社会的信頼の維持にも直結する重要な取り組みです。
しかし、多くの現場では「訓練は実施したが、その後の改善が行われていない」「訓練がマニュアル通りの儀式になってしまっている」という声が少なくありません。
この記事では、訓練を形式だけで終わらせず、実際の災害時に現場が確実に動ける企業防災体制を構築するための具体的なステップを、わかりやすく解説していきます。
防災訓練の実施そのものは重要ですが、「何のためにやっているのか」という目的が不明確なままでは、社員の関心も低く、成果も見えにくくなります。
避難経路をなぞるだけ、アナウンスに従って集まるだけの訓練では、本番での判断力や行動力を養うことはできません。
まず必要なのは、「想定されるリスク」と「訓練の到達目標」を明確にすることです。
地震直後の初動対応を確認したいのか、安否確認の体制を点検したいのか、備蓄品の運用訓練をしたいのか。
目的を絞り込むことで、訓練の内容が現場の実情に合ったものになり、従業員の理解と参加意欲も高まります。
訓練は「実施して終わり」ではありません。
むしろ、訓練後のフィードバックこそが最も重要です。
現場で起きた混乱や課題を明らかにし、それを具体的に改善するプロセスがなければ、実効性のある企業防災にはつながりません。
たとえば、避難誘導中に声が届かなかった、指示が重複した、安否確認アプリの使い方が分からなかった――こうしたリアルな課題に対して「なぜ起きたか」「どうすれば改善できるか」をチームで共有し、次回の訓練やマニュアル改訂に反映させることで、防災体制は強化されていきます。
訓練後の振り返りは、可能であれば部門ごとや拠点ごとに実施し、「現場の声」を防災計画に生かす仕組みにすることが望ましいです。
防災を「会社の決まり」「総務部の仕事」として捉えるだけでは、現場の動きは鈍くなりがちです。
社員一人ひとりが「自分が備えるべき理由」を理解し、具体的な役割を持つことで、初めて防災が現場に根づきます。
そのためには、役割分担の明確化が効果的です。
たとえば、フロアごとに避難誘導担当、安全確認担当、備品管理担当などを割り当てることで、自分の行動が全体にどう関わるかを実感しやすくなります。
また、オフィスに備えた防災グッズを社員自身で確認する機会を設けたり、マイ防災セットの持参を促すなど、個人レベルでの備えと企業の体制を接続する工夫も有効です。
どれほど立派な防災マニュアルがあっても、それが実際の現場で実行できないようでは意味がありません。
特に多拠点展開している企業では、建物の構造や通路の幅、出入口の位置などにより、マニュアル通りの行動が難しいケースもあります。
そこで重要なのが、現場ごとにマニュアルを「再編集」し、必要に応じて現場版の対応シナリオを作成することです。
また、マニュアルを現場に落とし込むためには、紙の文書だけでなく、図解や動画、掲示物などの視覚的ツールも活用すると効果的です。
現場の特性を把握し、実際に「動けるかどうか」を検証し続けることが、企業防災のリアリティを高める鍵になります。
企業の防災訓練では、「避難所に向かう」ことに重点が置かれがちですが、実際の災害時には避難行動が必ずしも正解とは限りません。
建物が安全で、避難所までの移動が危険である場合は、社内にとどまる判断も重要です。
そのためには、「建物の安全確認」「在宅避難のシミュレーション」「自社にとどまるための備蓄や体制の整備」が不可欠です。
どこに逃げるかよりも、どこでどう生き延びるかという発想を持つことで、より柔軟かつ実践的な企業防災が可能になります。
BCP(事業継続計画)と連動しながら、「安全に業務を止める判断」「復旧の優先順位」なども、訓練の中で確認しておくべき要素です。
企業の防災は、訓練を行うことが目的ではなく、「実際に現場が動けること」が最終目標です。
そのためには、訓練の目的を明確にし、振り返りを重ね、社員一人ひとりが「自分ごと」として防災に関われる仕掛けが必要です。
マニュアルと現場のギャップを埋め、どこに避難するかではなく、どう生き延びるかを考える視点を持つことが、企業防災を本当の意味で機能させるポイントです。
防災を「形式」ではなく「行動」に変えていく。それが、これからの企業に求められる真の防災力です。